うつ病者が受診するまでには壮絶な苦しみや努力があります。それをわかろうともしないで、「甘え」「怠けてる」挙句の果てに「死ねば?」というのは、あまりにも残酷です。
もし、本人の事を想っていうならば、本人がそれまでにいかにがんばろうとしたか。というプロセスをみてほしいと思います。
自分ひとりでなんとかしようと思ってしまう
前に述べたように、うつ病なりやすい性格というのがあります。
- 真面目
- 几帳面
- 我慢強い
- 完璧主義
などの傾向を持つ人は
身体や精神に症状があっても、精神科や心療内科を嫌がる傾向にあります。
こうなってしまったのはまだまだ自分が甘いからだ。
と、自分で解決しようとしてしまいます。
本当はストレスで決壊してしまっている心にさらに自分を追い込み、
根性や努力でなんとか自己解決を試みようとするのです。
病院に行って会社を休んではいられない。
周りに迷惑をかけえることなんてできない。
と、自分の責任にして追い込んでいきます。
意気込みとしてはよいのですが、
抑うつが続き、集中力も低下し、仕事への不安がつきまとい、
何もかもがおっくうになっている状態で
仕事へのレスポンスを出すのはとても難しいですし、
何より、うつ病が早期発見できないことによるデメリットの方が
より、周りに迷惑をかけてしまうことになるのです。
もし、周りが気づいてあげられた場合には
仕事を休んで、病院への受診を勧めてあげていただきたいと思います。
重症化、遷延化してからでは
回復も遅くなりますし、退職を余儀なくされる場合もあります。
~しなければならない!という強迫
継続的に過剰なストレスを感じたり、突然の強いストレスがあったときにうつになりやすいですが、
症状として、おっくう感や不安、焦燥感だけでなく、全身倦怠感や頭痛、胃の不快感があり、
本人も「おかしい」と気づいていながら、
それでも「仕事をしなければ」「家事をしなければ」「育児をしなければ」「タスクをこなさなければ」
「用事を済ませなければ」と責任感で動き、
その苦しみを「自分の問題」として周囲に隠して頑張りつづけてしまいます。
周りが「最近、食欲がない。好きなもののはずなのに、おいしそうに食べない」などの異変に気付いていても、「大丈夫だよ。心配しないで」と元気を装ってしまいます。
それでも、がんばれている間はいいかもしれませんが、
どんどん重症化して、がんばれなくなってしまいます。
がんばれなくなったあとも、精神的苦痛、身体的苦痛に必死に耐えようとします。
本当に倒れるほどがんばったあと、最後の最後で
「もう、がんばりきれない自分」に気付き、専門家への受診を決意するという流れになりますが、
早期発見できれば、もっとスムースな治療があり、抗うつ薬も軽症であれば効きやすいといわれていますので、周りが気づいたときには、「気のせい」と思わず、症状を疑ってみてください。
頑張れない自分
真面目で完璧主義な人が「もう、がんばりきれない」と思った時の自己イメージを想像してみてください。
きっと、「自分に価値がない」「自分なんかこの世に存在する必要がない」と思っているかもしれません。
それまで、
「苦しいけど頑張ろう」
「もう少しだけ、頑張ってみよう」
「もっと頑張れれば、なんとかなる」
と、
充分頑張ってきた人です。
その人に対して、周りが、「あいつは心が弱い」「怠けているだけだろう」という見方でみられたら、どんな気持ちがするでしょうか?
きっと、ツライ、情けない、もしかしたら、「私は世の中の邪魔になっている」
と感じるかもしれません。
「死にたい。。。」と声を出すときもあるでしょう。
ひどい人は「死ねば?」と強く声をかける人もいます。
もちろん、その人が本当に死ねばいいと思っているわけではないでしょうけれど、
その言葉がトリガーになって、自殺に至ってしまう人もいるかもしれません。
少なくとも本人が思っている通り、「この世に必要としていない」と他人も思っている。
と思うでしょう。
最初はただの性格だったかもしれませんが、
うつ病を発症し、受診するまでには
壮絶な苦しみや辛さを味わっているものです。
周りはそのことも考えて接していただきたいですし、
2人に1人がうつ病の可能性を抱えている中で、
「死ねば?」という言葉を出してしまえるというのは、
あまりにも本人に寄り添わない「優しくない」発言だと言わざるを得ません。
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